ヘッセと猫の画像
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当サイトはドイツの作家「ヘルマン・ヘッセ」のファンサイトです。
その言い回しの美しさから、根強いファンも多いヘッセですが、このサイトではその生い立ちを追っていきます。
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作品の概要と簡単な感想など…
ペーター・カーメンツィント(邦訳:郷愁)
スイス高山のほとりに育った百姓の息子ペーター・カーメンツィントは、素朴な自然児で自然を愛し、雲と共に遊ぶ夢想家・放浪者であった。 ふとしたきっかけで、彼は牧師に才能を見出され、町の高校に入学する。高校では怠惰な学生と見られていたが、母の死を契機としてチューリヒの大学に入り、都会の空気にも触れるようになった。 友人の音楽家リヒァルトは詩人の才能を見抜き、彼に筆を執ることをすすめる。ペーターは筆を執り、社会サロンなどにも出席するが、都会の空気は彼になじまない。ある女性画家へのはかない恋が、彼の飲酒癖をこうじさせる。友人とのイタリア旅行は、自然と人間を愛した聖人フランチェスコへの思慕の念を深める。しかし帰郷した友人のリヒァルトは遊泳中溺死し、ペーターは人生の舵を失ってしまう。これは彼にとって青春への決別でもあった。その後彼は自堕落的な生活もしてみたが、ボヘミアン的な生活に嫌気が差し、2ヶ月の放浪の末にバーゼルに帰る。彼は人間嫌いの皮肉家になり、孤独に陥る。エリザーベトへの愛は、芽生えのうちに摘み取られてしまうが、彼はこれをきっかけに人間を軽蔑することを止める。知人の家で彼はその義弟の不具者のボビーと知り合い、ついには彼を引き取る。ボビーへの献身的な愛情のなかに、ペーターは聖フランチェスコの愛の精神を見つけることができた。ボビーの死後ペーターは故郷に帰り、村のために働こうと決心するのだった・・・
車輪の下
作者の少年時代に基づく自伝的小説で、前作をしのぐ成功を収めた中編小説。シュヴァーベンの田舎町のヨーゼフには利発な息子がいた。ヨーゼフは一人息子ハンスは、親達の見栄で州試験を受けさせられる。俗に言ういけにえ選びであったが、この試験には色々な町や村から成績優秀な子達が送られる。ハンスは学校が終わると、色々な特訓を受けさせられ、いわゆる受験地獄に大好きだった釣りも禁じられ、試験の不安におびえながら小さな胸を痛めていた。父親から救ってくれるはずの母も死に、町の靴屋の親方フライクだけが、少年の身を案じてくれる。試験に好成績で入学したハンスは、神学校に入学し、ヘルマン・ハイルナーという友人も得、今までとは違う世界があることを知る。だが、優秀だったハンスも札付きのハイルナーの影響で、成績も下降を辿り、先生達からも疎まれ、級友達も離れていく。強烈な自我の持ち主であるハイルナーは、脱走を企てて放校処分となる。一方ハンスも精神的にも神経的にも参ってしまい、校医からは神経衰弱と診断される。「学校と父親や、2,3の教師達の野蛮きわまる名誉心とが、傷つきやすい少年をこんなにしてしまったとは、誰も考えもしなかったのだ。・・・酷使された子馬は途中でへたばってしまい、もう使い物にならなくなってしまったのだ。」の台詞にヘッセの考えがまとまっている気がする。学校を去ったハンスは故郷に帰るが、不安定な精神状態から、次第に単調な憂鬱症に陥ってゆく。やがて機械工場に就職したハンスは、人々にののしられ、自分が孤独な余所者であることを思い知らされる。それから数日後のある朝、ハンスが静かな川辺に死体となって発見される…
ナルツィスとゴルトムント(邦訳:聖母の泉/知と愛)
マウルブロンを思わせるような神の申し子のようなナルツィスは、神の道を歩く思索者として成長した。修道院に入ってきたゴルトムントに、ナルツィスは興味を抱くようになる。ナルツィスはゴルトムントを自分とは正反対の官能の子であると見抜き、自己の本質にない面を持っていることを知る。お互いに欠けたものを補足しあうような友情が二人の間に生まれる。しかし、ゴルトムントの本質が目覚め、彼は一夜僧院を抜け出して村を出る。この事件でナルツィスは、ゴルトムントに彼自身の道を歩ませようと決心する。ゴルトムントはナルツィスとも別れを告げ、愛の遍歴を始める。幾人もの女性を経ながらゴルトムントは、幼くして亡くなった母の永遠の母性を求めてやまない。放浪の二年が過ぎたとき、彼はある聖母マリア像に心をうたれ、その像を刻んだ親方ニクラウスの元に入門する。彼はナルツィスの面影のあるヨハネ像を完成し、後継者の座を辞して再び遍歴に出る。ペストが流行し、彼の愛人の一人や親方も黒い死に奪われる。彼は後に総督の思い人であるアグネスに理想の女性を見出すが、総督の怒りをかい絞首刑を言い渡される。そのかれの懺悔聴聞をしたいと名乗り出たのが、見知らぬ僧のナルツィスであった。ナルツィスはゴルトムントに恩赦が出たことをつげ、自身の修道院に連れ帰る。ゴルトムントは、ここで自分の生涯の体験を彫刻に残そうと努力する。アグネスとの再会を求めるゴルトムントは失意のままに、また修道院に帰ってくる。このいまわの際に二人の友情は完熟する。ナルツィスは彼の芸術に精神のみが唯一の道ではないことを知り、、ゴルトムントは官能的なものが精神的浄化を経て真の芸術に至ることを知る。ここに知と愛の調和が生まれる。ゴルトムントは母の声を聞き、愛に包まれながら死へと旅立つ。
ガラス玉遊戯
第二次世界大戦の最中の混沌の時代に、ヘッセは未来のユートピアの世界を舞台にしたこの長編を完成させた。現代文化の崩壊を憂えた精神のエリート達(東方巡礼者)がスターリエンという理想国を作るという発想に、ヒューマニズムに基づいた人間の精神の発展への希求と信仰が示されている。技術の時代であるわれわれの現代の雑文文化を克服したこの精神の国は、教団のような組織を持ち、所有という私欲を離れ、個性を滅却した奉仕の精神の持ち主達によって維持されている。これまでの精神文化、学問や芸術の粋をあわせた「ガラス玉遊戯」という遊戯がこの理想国の精神の中核となっている。主として、数学と音楽の法則に基づいて作られたこの学問を究めることが、真理と美への理念に通じる最高の道である。こうしたことが序章で語られ、主人公のヨーゼフ・クネヒトの生涯が語られる。クネヒト自身の書き残した生涯の履歴の部分と、伝記作者の描いた「伝説」的なクネヒトの晩年の物語に分かれている。名人となって精神の領域をきわめつくしたクネヒトは、再びこの世界に決別を告げ、俗世の現実世界に返り、かつての友人の息子ティトーの家庭教師を引き受ける。しかし、朝日の美しさに魅せられ湖水に飛び込んだ少年の後を追って冷たい湖水に入り、生命を失う。悲しみに包まれた少年は、その中でクネヒトの犠牲の死が、自己の生を変え、自己にもっと大きな要求を課することになるだろうと自覚する。自己自身への道への追求が。重要なテーマとなっている…
荒野の狼
あるアパートに風変わりな男が住み着いた。彼は悪い男ではなかったのだが、管理人は胡散臭ささを感じたものだった。彼はもう老人といってもいい年だったが、それ以上に人生をなげやりに生きていた。原因となるのは、彼の内に眠る荒野の狼だった。市民的なことをし出すと、狼はその都度邪魔をしてくる。そんな中、道端に貼ってあった広告に彼は釘付けになる。「どなたもお断り」と書かれたその標識、そこには狂人しか入れないという。これこそ求めていたものだと彼は思うのだが…。魔法道場と銘打ったその先に彼は入ることを許されない。死をも考えていた彼の前に、救世主となる女性が現れる。彼女は彼の苦悩をわかり、全てを見透かすような行動に出る。彼は彼女の命令されるままに、社交場に出てくる。彼女からダンスも教わり、他の女性とも知り合いになることが出来た。そして仮装舞踏会に出、彼女を見つけるハリー。朝まで踊ったその日、やっと魔法道場に入ることが出来る。そこでは、彼の過去を見つめなおすことが出来、空想の中で、彼は思う存分過去をやり直す。彼は沢山の駒を手に入れるが、その先で彼女と男性が寝ているのに嫉妬し、彼女を殺してしまう。最後のドアの先には、案内人がいた。案内人は彼の行動を責めるが、これからやり直すことが出来るという。そして彼女は小さな駒となり、案内人のポケットに収まる。ハリーは、自らの中にある沢山の駒を手に入れ、ようやく自我を確立する。
デーミアン
「ぼくはただ、ひとりでにぼくの中から生まれでようとするものを、生きてみようと思っただけだ。 それがどうしてこんなにもむずかしいものだったのだろうか」(※作中から抜粋)
幼い頃から自分のいる世界は二つあると感じていた少年、ジンクレール。彼が自分の保身のためについた嘘によって、表の世界は覆されようとする。 そこにデーミアンという少年が現れ、彼を救ってくれる。 だが、デーミアンはジンクレールにその事を告げない。 ジンクレールの胸には秘密めいた恐怖が残ることとなった。そのうちにラテン学校に休暇が訪れる。 ジンクレールは少年から青年となり、当時の学生の風潮にのまれてしまい、自堕落な生活を送っていた いつものように昼から酒をあおっていると、傍とデーミアンと再会する。彼はそんなジンクレールを見て嘆きはしたが、なお彼が再び自分の世界に戻ってくることを信じてくれていた。 ジンクレールの家の門にあるレリーフ。デーミアンとはこのレリーフをきっかけとして知り合うのだが、そのレリーフには殻から抜け出そうとする鳥が描かれていた。鳥は世界から抜け出そうともがくのだった… 鳥が飛んでいく先は「アブラクサス」と呼ばれる中姓的で平等な神である。この神がきっかけで、ピアノを弾く青年と出会う。 炎を一緒に見つめながら、青年と話すことで彼は徐々に立ち直っていく。だが、ジンクレールはひょんなきっかけで青年の弱点を付いてしまい、悲しい別れがくる。彼は指導者を失ってしまったのだった。悲しみに打ちひしがれながら、昔デーミアンが住んでいた所を訪ね歩いていた先で、ついにジンクレールはデーミアンと再会を果たす。デーミアンは自分の母を紹介してくれるのだが、その女性はジンクレールが心の中で思い描いていた女性 「ベアトリーチェ」そっくりなのだった。自分が書いた肖像画と瓜二つなことに驚くジンクレール。彼は心の中の女性を描いたはずだった。彼女にエーヴァ夫人という名を教えてもらい、カインの印とデーミアンのテレパシー?の意味を知るジンクレール 幸せな日々が続いていたが、長くは続かなった。 政情が不安定になり、戦争が勃発するのである。デーミアンは少尉であり、真っ先に戦争へ向かう事となった。 そしてジンクレールにも召集がかかる。負傷したジンクレールは負傷兵の詰め所に連れて行かれる。何かの引力を感じて隣を見ると、何とそこにはデーミアンがいた。彼は重症であった。 彼もまたジンクレールに気付く。そして彼の名を呼び、もう自分は昔のように君を助けられないと告げる。そして母からの伝言をジンクレールに託すのだった。 翌朝目が覚めると、デーミアンはもういなかった…。夢のような現実の中、無事生き残る事が出来たジンクレールは自我を確立する。自分の心の奥底を見つめると、そこには自分自身を見つけることが出来た。 その姿は自分の友であり、指導者でもあった彼と生き写しの姿だった…
   
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